Stelle 






「これはまた、女の子な部屋になったものだねぇ」
 ロキはしみじみと感想を口にした。
 無駄に広い燕雀探偵社にはゲストルームが二室完備されているのだが、ロキが今目にしているのはその一室だ。
 開け放った扉の内側には、ピンク色の世界が展開していた。
 少し前までのゲストルームは男女どちらが使用しようとも違和感がないように、二階は深い緑、一階は渋い青のカラーでまとめられていたが、目の前の一室は見事に模様替えされており完全女性向けの雰囲気だ。
 渋めのピンク色のカーテンに、ベッドカバー。ソファに置かれた色とりどりのクッションまでが闇野の手作りであった。テーブルにかけられたクロスなどが濃い目の紫で、良いアクセントになっている。
 壁にかけた絵も明るめの風景画に差し替えられ。
 優雅に穂先を揺らす金色のタッセルとブラウンの大粒スワロフスキー・クリスタルを絡めてとめたカーテンは美しいウェーブを描いていて、なんとも細かいところまでが変更されているなぁとそのこだわりようは感心するほどだ。
 明るくなった部屋の中を、式神は『ぷにゃぷにゃ』と鳴きながらくるくると泳ぎ回っている。非常に楽しそうであった。
「まゆらとレイヤ専用って感じ……」
 男は青、女は赤との現代日本の一般的通例を強固に持ち込むわけではないけれど、その部屋はまゆらと玲也が好みそうな雰囲気になっていた。砂糖菓子ほどには甘くないけれど、ロマンティックが花盛り。
 ピンクとは言っても安っぽい色ではなく、屋敷との調和を乱さない、落ち着いた、柔らかなピンク色で、闇野のコーディネイト・センスの良さを如実にあらわしている。あからさまにピンクピンクしていないので、男が居たたまれなく感じることもない。さすがに寝泊りするには抵抗があるだろうけれど、それはそれ、なにかの時には嫌がらせとして有効かもしれない、などと思考の端っこで考える悪戯好きの神様であったが、仕掛けるとなるとこちらも相応の精神的ダメージを食らいそうで怖くもあった。
 この部屋がピンク色に染めかえられるきっかけとなったのは、つい一週間前のこと。
 珍しく闇野とフェンリルと三人連れ立って買い物に行った時、ふと立ち寄った手芸店で、薄茶かかった桃色の生地を手に闇野がなにやら思案しているのがおかしくて
「ピンクなんかなにに使うの? 言っとくけど、さすがにピンク色の服は着ないよ」
「いえ、これはカーテン生地なんですよ。明るくて綺麗な色だと思いまして。でも、カーテンだけこの色に変えると、面積が大きいだけに変になりますしねぇ……」
「じゃぁ、一室丸々改造しなよ。ヤミノ君、最近ご無沙汰でしょ」
 気軽に提案してみたら、たったの一週間でこのありさまであった。
 元から書斎やリビングなどの椅子からソファからこまめに模様替えするのが好きな闇野であったので、
『一室丸々好きにしていい』
 と言おうものならどんなに張り切るか少し考えてみればわかっただろうに、ここまでくると唖然とすると言うか感心すると言うか。
「お風呂のタイルまで貼りかえるとは」
 ゲストルームであるからには、トイレ・洗面台・風呂場を独立して設置していたが、彼はトイレの壁紙を花模様にかえただけでは物足りなかったのか、風呂の壁のタイルまで貼りかえていた。最近、姿がどこにもなくなる時間があると不思議に思っていたらここにこもっていたのだとようやく判明した。
 満足げなぺかぺかと輝く闇野の笑顔は、けして照明を明るいものにかえたからではないだろう。闇野の、大人の外見の中身におさまっているのは無邪気な子供のような精神で、とことんと趣味を追求する性格らしいと改めて感じ入るロキであった。
「明るい部屋になったねぇ」
「はい、楽しかったです。やり過ぎでしたか?」
 ここまで徹底的に大改造しておきながら、今更ながらに不安になってきたらしい。ロキの言葉に簡単にぐらぐらと揺れる闇野の不安定な子供っぽさに、ロキは少しばかり笑う。
 やっぱりこの子は子供。そして、外見上はひっくり返った大人と子供の関係がおかしい。
「いや、誰かさんたちが喜びそうだなぁと思っただけ」
「本当はもっといろいろな色を使いたかったんですけど、そうするとさすがにまとめるのが大変になりそうで」
「ヤミノ君は明るい色が好きだね」
「はい。だって、海の底には、こんなにやさしい色はありませんでしたから」
「……うん、そっか」
 光も届かない海の底には、空の青も花の色もなくて。深い深い海の底に生きる魚たちは、色彩などまとってはいなくて。
 恐る恐る頭を突き出した海の上、視界におさまる海辺も、どこか単色めいていて。花一輪咲かない殺風景さは何十年経とうと変わらなかった。
 ロキとともにこの地に来た時に闇野が喜んだのは、頭上に広がる蒼穹と、さまざまな花の色と、生い茂る緑。そして、たくさんの香りや音。
「……ここに来た時、ヤミノ君ってば、目をまわしてたっけ」
「まだ覚えてらしたんですか、ロキ様」
 一気に飛び込んできた色彩や香りの形をとった情報に、心が浮かれつつもくらくらと目をまわして倒れた記憶など、もう懐かしい思い出にしてしまいたいところだ。
「ここまでヤミノ君が腕を振るったのなら、ご披露しないとモッタイナイな」
 さて、なにか面白いイベントはなかっただろうかとロキは思案する。なにせ、普通では滅多に使用しないゲストルームなのだから、このままではご披露がいつになるかわからない。それは非常にもったいない。
「そう言えば、そろそろアレの時期かな……」
「アレ、ですか?」
 なにを指すのかわからない不思議そうな闇野を置いて
「そう、アレ。誰かさんたちが食いついてきそうじゃない?」
 ロキは楽しそうに笑うのだった。 

   * * *

「流星群の観測会? 楽しそう!」
 ロキが『誰かさんたち』に提案したのは、冬の流星群の観測会。
 都心部に程近い街なので田舎とは比べるべくもない滲んだ空だが、高台の立地や、周囲に光源が少ないこともあいまって、なかなかに星空が綺麗な燕雀探偵社であった。
 玲也は学校での特別学習で同じ流星群の観測会があるらしく、そちらの方に参加届けを出してしまったと残念がっていた。
 ロキの腐れ縁である鳴神は星なんか解する気質でもないので論外だと一刀両断にされ、声すらかけていない。第一、この観測会の裏主旨は『女の子専用ゲストルームのお披露目会』なのだから男は必要ない。よって、光太郎やヘイムダル、フレイにももちろん声はかけられなかった。
「ロキ君って女の子の友達、少ないんですねぇ」
 昼間、観測会の裏主旨を闇野より聞いたまゆらはおかしそうに笑ったが
『男の知り合いも『友達』より『敵』の方が多いです』
 と言うわけがない闇野であった。
 昼間に、ふたりの間にそんなやり取りがあったなどもちろん知るはずのないロキは、たったひとりのお客様を屋根裏部屋へと案内した。
「ロキ君のおうちってば、天体観測専用の部屋まであるなんてすごーい」
 夜中の一時であるのに、はじめて通されたその部屋でまゆらは明るい声をあげていた。
 屋根裏部屋であるので天井はやや低く狭いが、かわりに天井の半分はガラス張り。部屋の中央にはなかなか立派な天体望遠鏡まで設置してあった。
 壁には大きな星図が貼られ、チェストの上には芸術的な細工を施された天球儀とカール・ツァイス社のプラネタリウム投影機の模型が飾られている。
 飾り棚の上にあるのは、煙水晶、針水晶、紅水晶、紫水晶や、もちろん一般的な透明の水晶などが並んでいた。それらも、ひとつの先端を持つ単結晶形や、小さな柱が群生しているクラスターと呼ばれるものや、占いなどでよく見られる丸く磨いたものなど、まるで水晶展示室のように様々な形の水晶が置かれている。あかりが灯ればキラキラと七色の光を振りまくのは、虹水晶と呼ばれるもの。そんなものまである。
 その他にもまゆらにはよくわからないものや、綺麗な細工物が飾られていた。
 光太郎あたりがこの部屋を見れば
『天体オタクと水晶オタクの部屋か、ここは』
 とあきれ果てるだろう。それほどまでに『完全趣味の部屋』
 床には厚手の絨毯。ソファも椅子もきちんと置かれていて、屋根裏部屋であるのになんとも居心地が良さそうであった。
「屋根裏部屋ってロマンよね〜〜。メイド部屋とか、ハイジって感じ!」
「メイド部屋はわかるけど、なんでハイジ?」
「ロキ君、知らないの? ハイジは屋根裏部屋に藁のベッドを作ってもらったのよ」
「……アルプスの少女ハイジか」
 ロキは生ぬるく笑った。メイドの部屋と言えば日当たりの悪い不便な小部屋か屋根裏と相場が決まっているが、続いて出てきたハイジの単語はなにかと思えばそちらなのか。誰もが知る有名作品ではあるが、さすがにロキの未読範囲だ。ついでに言えば『赤毛のアン』もロキの守備範囲外作品であったが、彼の守備範囲の境界線は崩れて久しい。
 まぁそんな事柄は別として、闇野が気合いを入れて模様替えしたゲストルームに勝るとも劣らないロマンを感じさせるのが『屋根裏部屋』のキーワード。
 まゆらがあまりにも手放しで喜ぶので、最後には苦笑せざるを得ないロキと闇野であった……のだが。
「この調子だと、尋問室とかありそう!」
「いえ、尋問室はないんですけど」
「じゃぁ拷問室は?!」
「さすがにそれもちょっと……」
「そこまで凝り性じゃない」
 ホントにまゆらはボクをなんだと思ってるんだ、とロキがぼやく。
 彼女の『苦笑をニガワライ』にさせる特技炸裂状態の、どこかしら生ぬるい会話であった。
 気を取り直して空を見上げれば、雲ひとつなく綺麗に晴れ渡り、月も細い細い三日月で星の光を邪魔していない。絶好の観測日和。
「まゆら、流星群の有名どころは知っている?」
 ぶんぶんと勢い良く振られた頭に、ロキは小さく嘆息する。これでは、予習なんかは期待しても無駄だろう。
「流星群で有名なのは、みっつある。夏のペルセウス座と年末のふたご座の流星群。そして、本日の四分儀座流星群」
「しぶん儀座?」
 聞き慣れない星座の名前にまゆらは首をかしげた。しぶん儀座など、普通一般ではまず耳にしない星座の名前である。
「しぶん儀って、簡単に言ってしまえば高度計の一種のこと。あまり有名な星座じゃないのは間違いないし、現在では正式な星図からも除外された名前だな」
 流星群の名付けは、流星が放射線状に流れる中心部にある星の名を冠される。
 現代では『しぶん儀座』は廃されていることもあり、正式には『りゅう座イオタ流星群』と呼ばれているが、まだまだ『しぶん儀座流星群』の方が通りは良かった。
「りゅう座もあんまり聞かない……」
 まゆらが知っているのは、北斗七星やオリオン座、またはカシオペア座や白鳥座、そんな有名どころの『一般的な星座』だ。特別に星座に興味を持たなければ、八十八ある星座の半分も名前を聞かないのが普通だろう。
「ペルセウス座の流星群は、小学校の総合学習で習った気がするの。何日か続いたはずだけど、しぶん儀座は今日だけ?」
「しぶん儀座流星群の極大時間はとても短いのですよ。今年はちょうど見応えのある時間で良かったですねぇ」
 闇野の言葉に、まゆらは首をかしげるしかできない。キョクタイとはなにだろう?
「流星は、ほうき星が振りまいた塵が地球の大気圏に飛び込んで燃える現象だってのはわかるだろう? その塵の量は多い少ない、帯には長短あるし、地球に近づくのが昼間だったらもちろん見えない」
 まゆらが知るペルセウス座流星群の帯は長いので数日続くが、しぶん儀座のそれは短いので時間帯によっては観測に不向きな時もあるわけだ。
「塵の厚い部分が地球にもっとも近づくのが極大と言うんだけど、それが今年はこの時間帯ってわけ。たった数時間の、贅沢な天体ショー」
 へぇぇ、と感心しているまゆらの後ろで闇野は天体望遠鏡の調整をしていたのだが、準備が整ったらしい。
「あれがしぶん儀座と呼ばれていたものです」
 天体望遠鏡を向けられているのは東の空だ。
 覗きこんだ天体望遠鏡の丸い視界の中には、しぶん儀座の全体像に照準をあわせられていたのだが……
「カシオペアだったらエムの字で、北斗七星だったら柄杓形ってわかるけど……」
 天体望遠鏡を覗き込みながらのまゆらの発言に、ロキと闇野は意味ありげに顔を見合わせた。なぜなら、まゆらが口にしなかった言葉の続きがわかるからだ。
 ――『しぶん儀』座とはこじつけもはなはだしい。元より『壁面四分儀』なんて一般的じゃないから想像し辛い。
 でも、世の中には不思議な星座『テーブル山座』『彫刻室座』『帆座』――そんなものもあったりするのだ。誰が名付けたのだと言えば、ニコラ・ルイ・ド・ラカーユ。ちなみにしぶん儀座はジェローム・ラランドが名付けた。ふたりとも十八世紀の天体学者である。
 もうひとつおまけに、前者が名付けた星座は生き残っているが、後者は廃されている。運命をわけたのはなにであったのか、さすがのロキも知らない。
「さて、まゆらへのレクチャーも終わったし、流星群の観測に一番適した場所に移動しようか」
「移動?」
 熱心に天体望遠鏡を覗いていたまゆらは、三度首をかしげるしかできない。観測をするのならここが一番適しているだろうに、移動とは?
「ここは『星』を観測するには適しているけどね、流星群を見るとなったら、アソコ」
 ロキが指で指し示すのは――窓の外。綺麗に晴れ渡った夜の世界。
「ウソ?!」
「フル防寒着準備しておいでって言っただろう?」
「さ……寒そう!」
 あたたかい屋根裏部屋にいるのに身震いするまゆらを笑いながら、
「準備ができたら庭に降りといで」
 そんな、冬の空の下ではなにかの罰ゲームにしか思えない言葉を残して闇野とともにロキは部屋を出るのであった。

   * * *

「ひゃっこーい! 寒いよ、ロキ君〜っ」
 確かに『フル防寒着準備でおいで』とは言われていたけれど、寒い寒い冬の夜は、どれだけ着込んでもまだ足りない。
 普段はあまり着ないジーンズに厚手の靴下を履いていても足先からじんっとした感触が上がってきて、まゆらはぱたぱたと足を踏み鳴らしていた。
 空が綺麗に晴れ渡っていればいるほど寒いのだから、今日などは恐ろしく寒いのは当たり前だった。
「でも星は綺麗だろう? 寒ければ寒いほど綺麗に見える」
 玄関前で待っていたロキの指し示す通り、燕雀探偵社の上には、都会に近い空とは思えないほどにたくさんの星が輝いていた。誰かが無造作にばらまいた色とりどりのビーズもかくやと言った見事な光景だ。
「あ、流れた!」
 美しい夜の闇の中、きらりと瞬いたのは、一筋の流れ星。目に鮮やかな残像だけを残して、西の空へと消えて行った。
 まゆらが声をあげる間にも、もう一筋星が流れた。ほら、と指差す間に、もうひとつ。どうやら天体ショーのはじまりであるらしい。
「綺麗だけど……ちょっと首が痛いね」
 そう言えば闇野さんもいないし……と、きょろきょろとあたりを見回してみると、星空を見上げていたまゆらを置いてロキは裏庭へと向かっているし。
「ロキ君、待ってよぉ」
 黒衣の背中をぱたぱたと追いかけたその先にあったのは、天体観測室でロキが指し示していた『アソコ』であるのだとはっきりとわかる、状態。
 冬の中でも色鮮やかな緑に囲まれた広い庭の中央に敷かれた、厚手の絨毯と毛布、大きなクッション。そして闇野がそこで待っていたのだ。
「星を観測するなら天体望遠鏡だけど、流星群の観測となれば寝転がって見るのが大正解!」
 ロキはぽてんっと絨毯の上に転がった。
「楽しそう!」
 まゆらもぽてんっとその横に転がって、もぞもぞと毛布の海へともぐりこむ。毛布の感触がひやりとしたのはほんの一瞬。すぐに体温でぬくもり、柔らかな感触を返してきた。
 ひとつ。またひとつ。きらっきらっと星が流れる。西へ東へ、北へ南へ。散り散りに流れ行く美しく小さな光。
 寒さにもいつしか慣れて、まるで、身体が世界の一部に同化したみたい。
 寒ければ寒いほど星空は綺麗とのロキの言葉を証明するかのように、夜が深まるほどに星の瞬きが鮮やかになる。
 背中にはふかふかの絨毯、もぐりこんだ毛布とクッションのふわふわとしてあたたかい海の中、寝転がって空を見上げるのはとても贅沢な体験だった。
 庭に住み着いている鳥たちも、はじめこそは興味深げに真夜中の闖入者の動向を見守っていたが、今はもう安心したのか、おのれのあたたかな羽毛に顔を突っ込んで静かに眠っている。
 毛布があたたまった頃合をどこからか見計らっていたのか、夜の闇より黒い毛並みのフェンリルもふたりの間に入り込み、まるで湯たんぽのよう。
 四人で黙って星空を見上げたり、時折なにかを話しかけて笑ったり。
 夜更けであっても笑い声をあげてもご近所迷惑にならないこの庭は、夜の観測会にはうってつけの場所。
「ロキ様、まゆらさん、ココアをどうぞ」
 毛布の海からもぞもぞと這い出て闇野より受け取ったのは、大きめのマグカップ。
 なみなみと注がれたココアは優しい香りと甘味とともに身体をぽかぽかとあたためてくれた。頬に触れる外気が寒ければ寒いほど、ココアは甘くてあたたかく感じるのだから不思議だ。とろりとした感触が喉元を滑り落ちれば、まるで天国。
 まゆらはココアをひとくち含んで、うっとりと夜の星を眺める。
「ねぇロキ君、人は死んだらお星様になるんだよって、ママが死んだ時親戚のおばさんに言われたんだけどねぇ」
 マグカップを両手で包み込むようにしながらのまゆらの言葉に、ロキはふと視線を転じた。彼女はまだ、次々と流れる星を見ていた。空を見上げる為に心持ちあげられた白い喉や滑らかな頬のラインが、星のあえかな輝きの下にある。
「うん?」
「流れ星って不思議ね。まるで、星になった人たちが会いに来てくれてるみたいじゃない?」
 ここにいるよと大切な人に知らせるかのように。
 身を燃やして、ほんの一瞬でも明るく瞬いて。
 少しでも近くに、ほんの少しでも近くに。あなたのそばへと空を走り抜ける流星。
「まゆらは……ママが流れ星になって会いに来てくれたら嬉しい?」
 まゆらは、ふっと流れ星から視線を外してロキの顔をみたかと思うと……ふわりと笑った。
「うぅん。いつか会いに行くから、それまで待っていて欲しいな」
「……そう」
 頭上に広がる幾千、幾万の小さな星たちの輝きに彼女が加わるのは、ロキの身にしてはほんの一瞬後。
 それは少しばかり寂しい未来。
「そう。会えたらいいね」
 星空は綺麗だけれど、どこか物悲しさも感じさせる瞬間もある。
 もしかしたらそれは、この世界に生きている者たちの想いを受けて星が輝いているからなのかもしれない。

   * * *

「ところでロキ君。なんであそこにカメラが設置してあるの?」
 しみじみとした雰囲気を軽く壊してくれたまゆらが指差したのは、少し離れた場所で空に向けた三脚にセットされた、黒光りした高級そうなカメラ。耳を澄ませば、低いモーター音がジージーと続いているのに気づく。
 ロキはなんとも言えない苦笑いを浮かべた。
「……ソレ、ヤミノ君の趣味」
「夜空の写真を撮っているんですよ」
 長時間露光していると、流れ星が幾つもの線となって写真に写るのだ。星が徐々に移り行く軌道も映るので、上手く撮れれば、なんとも幻想的な、美しい写真が撮れる。
「闇野さんって、あのお部屋もそうだけど……かなりの凝り性ですね」
「そうですか?」
「……そうだよ」
 本当に、ヤミノ君は子供のように、新しいこと、綺麗なものが大好きで、凝り始めたらとことんまで極めずにはいられない。
 けれども、本人にそんな自覚もないのなら口にしても意味のない言葉は胸の奥深くにしまい込む。姿形は立派な青年であっても、今の彼を見ていると、ニコニコとして無邪気、まるっきりの子供であるのだし。
 ロキとまゆらと闇野は、頭上から星がこぼれ落ちる空の下、誰からともなく声をあげて笑いあうのであった。




流星群観測会でした。
ちなみに、しぶん儀座流星群は、作中では一月下旬でしたが、本来は年明けすぐですのでお間違いなく(苦笑)。