男の価値 








「ロキ君のバナナパフェ、おいしそう。ね、ちょっと頂戴v」
「キミもちゃんとイチゴパフェ持ってるじゃない……」
「だってぇ、人が食べてるとすごーくおいしそうなんだもん」
「だったら追加で注文……って食べきれるわけないか。あぁもう仕方ないなぁ交換こだからね」
「よぉ、ロキ、大堂寺! そうしてると紛れもなくコイビトドウシだな。ホントのホントにデキてないのか〜〜??」
 そんな下世話極まりない第一声をかけたのは、まゆらにとっては同じクラスの男子生徒。
 ロキにとっては腐れ縁の雷神。
 その実ふたりの共通した認識は『鉄腕アルバイター』……である、鳴神少年だった。

   * * *

 そこは、うらうらとした午後の光が零れ落ちている、落ち着いたカフェの窓際の席。
 買い出しの途中で『ちょっと休憩』とどちらからともなく言い出しては、少年探偵とその助手がカフェに腰を落ち着かせているのはおかしな風景ではないけれど。
 黒衣の少年の前にはバナナパフェ。制服姿の少女の前にはイチゴパフェ。
 そんなのもおかしくはないけれど。なにせふたりとも大の甘党なのだから。
 それでも、ふたりして甘いあま〜いパフェを巡ってきゃぁきゃぁと声をあげていればおちょくりたくもなるだろう――あくまで『きゃぁきゃぁ』は鳴神少年視点であって、実際にきゃぁきゃぁと騒いでいるのはまゆらひとりではあるが、彼女ひとりで軽く三人分は騒がしいのだからロキも一蓮托生状態である。
 その一蓮托生状態のロキは、鳴神の姿を頭から爪先まで眺めやる。
「ナルカミ君、まさかキミ、こんなお洒落なカフェでバイトしてるんじゃないだろうね」
 との突っ込みもむなしい、ロキ視点ではあからさまに似合わないウェイター姿がすぐそばに立っている。
「おうよ、出血大サービスで接客してやるから、じゃんっじゃん注文して売り上げに貢献してくれよ!」
 静かなクラシック有線が流れる店内に場違いなほどの大声に、ほどほどの距離を保って座っていた数組の客が一斉に鳴神を見た。鳴神のかわりに居たたまれなくなってくるロキであったが、まぁそんな居たたまれなさなど持続するわけがない。
 さっきまで可愛いウェイトレスのオネェサンがテーブル担当だったのに……とロキは嘆くが
「中野サンと交代なんだ、諦めろ」
 軽くとどめを刺される。
 ボク、むさい男が担当なのはヤダ、とロキが呟いた。すねてもしょもしょとバナナをかじっているところなどまるっきり子供である。
「う〜〜ん、鳴神君って、カッコいいとは思うんだけどねぇ……」
 イチゴパフェをつつきながら、ロキと同じように鳴神の姿を上から下まで眺めるまゆら。
 カフェのバイトを意識してか、いつもより整え気味の髪の下には嫌味のない、細かいことは気にしない、ほがらかとも言える少年の顔。
 白いシャツに黒い蝶ネクタイ、細身のスラックスに皮靴のお仕着せに身を固め、銀のお盆を軽く脇に抱えて立つ姿は、姿勢の良さもあいまってなかなかに格好よい。
『……学校でもいつもこうだったらもてるんだろうけどなぁ』
 思わずそう感想を抱いてしまうのは、裏返せば女子の間でその手の話題をトンと耳にしないからでもあった。バイトバイトに明け暮れている鉄腕アルバイターの暑苦しい言動や寒い金銭事情を日々眺めていては、少しくらいの顔の良さでは好意は抱きにくいのかもしれない。
「……黙って立っていれば、ね。馬子にも衣装ってスバラシイ言葉もあるし?」
 ロキが口にした、なにやら後半に複雑な色が混じった嫌味は、鳴神少年の耳には都合よく入らない。
「ふたりとも、ようやくオレの格好良さが理解できたのかぁ?」
 遅すぎだぞ、ふたりとも! と、ちょうど高さが良いからなのか、ぐしゃぐしゃとロキの髪をかき回して喜ぶ、単純な少年。
「実際にネ、ナルカミ君は良い線いってるんだよ。顔立ちもなかなか精悍だし、性格も嫌味がないし屈託ないし。……背も高いしね」
「おぅっ照れるじゃんか」
 珍しいロキのほめ言葉に、鳴神はわかりやすい単純な照れ隠しでロキの背中をばんばんと叩く。その容赦のなさにぐぇっとロキが呻いて潰れた。
 まぁ、精悍な顔立ちも、黙ってまじめな顔をしている時限定だし。そしてそれってほとんどありえないし。
 嫌味がなくて屈託がないってのも、坊ちゃん気質でどこか甘くて、なによりも物事にこだわりなさ過ぎってことであって。
 背が高いってのも、覚醒したボクの方があきらかに高いし。
 なにより月とスッポン並みにボクの方が圧倒的にもててるって事実もある。
 ……などとロキは心中で続けているのにも鳴神はもちろん気がつくはずがなかった。
『そんな数少ない『良さ』なんか、万年金欠症とか部屋の汚さとかデリカシーのなさとか、そっちの方で綺麗に相殺だね』
 最終的にはそう結論付けるロキ。
 そう言うロキ自身も家事スキルゼロの上に電化製品がなにより怖い、現代生活に逆行するダメ男であるのに自身のことなど完全に棚に上げて知らんぷりである。
 男の価値とは、儚く曖昧で基準などあってなきがごときもの、なのかもしれない。




鳴神君シリーズでした。